西陣織とは、京都の先染め織物の総称であり、応仁の乱において西軍が本陣を置いた事からちなんだ京都の地名を西陣と言います。5世紀末からこの織り方は伝えられており、応仁の乱の後に大きく発展してきました。現在の職人が多くいる地域は、京都市上京区や北区、今出川通や北大路通、堀川通や千本通に囲まれています。また、「西陣」及び「西陣織」は「西陣織工業組合」の登録商標にもなっています。
西陣織の手順は、決まった図案を方眼紙に写し取って配色を決め、「紋意匠図」を作っていきます。織物に使用する糸を選んでいき、紋意匠図をコンピューターに入力していきます。昔は厚紙に糸の位置を指定する穴を開けて行っていました。使用するのに必要となる糸を揃えてから「整経」という縦糸を織機にかける為に整えて、横糸を通す杼が通る為の「綜絖」の用意をし、「製織」織機で織物を織っていきます。
西陣の織物には爪掻本綴織というものがあり、ジャガード織機を使用しません。西陣の織物の中でも一番歴史がある綴機を使用して織っているのが特徴です。爪掻本綴織の文様は、必要となる部分の経糸を杼ですくっていき、緯糸を爪で掻き寄せて織り上げる技法である爪掻が採用されています。爪掻本綴織で作られた格調高い吉祥文様の帯は、一重太鼓で礼装に使えます。職人は、この技を使う為に、爪をヤスリで刻み目をつけています。爪掻本綴織を行いますと比較的手間がかかってしまいますが、非常に繊細な模様を織る事が出来ます。また、はつり目という隙間ができ、表裏が同じ文様になります。
西陣の織物の量産化は、1872年にフランスのリヨンへ職人である井上伊兵衛・佐倉常七・吉田忠七を派遣したのが始まりです。彼らがジャカード織機を導入し、それをベースに3年後に、荒木小平が国産のジャカードを開発しました。そして、ここから空引機では実現出来なかった様々な織物を産み出していき、量産を行えるようになりました。そして、西陣織の面白いところは、メカ式ジャカードが電子化されていった事で、メカ式ジャカードのデータ読み取り部のみを電子化したダイレクトジャカードを導入した事です。この方法は日本全国に広まっており、海外においては電子ジャカードが普及する一方で、ダイレクトジャカードは大体日本のみで使用されています。伝統工芸品の指定を受けているのは、「綴」や「経錦」や「緯錦」、「緞子」や「朱珍」や「紹巴」、「風通」や「綟り織」や「本しぼ織」、「ビロード」「絣織」「紬」といった12品目の織り技法となっています。
警察の機動隊出動服の旭日章ワッペンに採用されていたり、京都市をコースとする全国都道府県対抗女子駅伝でも採用された事があり、各都道府県チームが使用していたゴールテープやたすきが2004年の第22回大会から西陣の織物になりました。レースが終わった後、参加賞としてたすきを各都道府県に贈られ、副賞としてゴールテープが優勝チームに贈られました。
西陣織は国内だけでなく、海外でも人気が高く、多くの人々に愛されています。袋帯や糸人形などが作られていますので、美しさと品の良さを併せ持った織物であり、この技法を他の商品とコラボレーションさせて商品の幅を広げるといった事も行われています。品格を持った最高級の織物を使った商品は現代的なアイテムとの組み合わせが多く、日常的に使っている物が西陣の織物と組み合わせる事で上品さを引き出すケースが多々あります。西陣の織物は独特の風合いを持ちながら、上品さを持っていますので着物の帯に使われるのが一般的であり、他の着物と組み合わせる事で最高レベルの和装を実現する事が出来ます。