今から約500年ほど前の1500年頃、独立国として日本とはまた違った一つの文化を築いていた琉球王国では、東南アジアや中国との交易が盛んに行われていました。それはただ単に物資や文物の流通と言うだけでなく、技術の交換等も行われていたのです。その一つが織物の技術でした。大陸の方から様々な高度な織物の技術が伝わってきた沖縄では、その技術が根付き、さらに現在に至る間、沖縄の風土に合った琉球織物へと変化させていったのです。

そんな沖縄ですが、実は織物だけでなくガラス等様々な工芸が盛んに行われている事はとても有名な事です。中でもより特徴的で沖縄独特の様式を感じさせると言われているのが織物です。現在では沖縄県の各地で琉球織物の技術が受け継がれている状態となっています。その中でも首里城があり城下町として栄えたと言う歴史も有る首里では、一般の人が利用する織物だけでなく、貴族や士族用の織物も沢山作られていました。一般の人の利用する物とは違い、貴族や士族用の織物はより色、柄等が洗練されており、非常に格調高い織物が受け継がれて行ったのです。

首里織はこのように首里で織られている織物の事を言います。沖縄県下では様々な織物が作られていますが、その中でも他の地域と違い、首里織は一般的には貴族、士族専用となっている物があると言うことです。ただ、貴族士族専用となっている物は有りますが、一般の人用に作られている織物が無いと言う訳ではありません。首里は沖縄の中心都市と言うことで、大陸からの様々な技術が集結していたからです。

またこの織物の大きな特徴の一つが、原材料として利用しているのが絹糸だけでなく、木綿糸、麻糸、さらに芭蕉糸を利用していると言う点です。絹糸は蚕から、木綿糸は木綿から、麻糸は麻と言う植物からできています。また芭蕉糸はあまり一般的な服に利用される事も少ないので知らない人も少なくありませんが、これはバナナを利用して作った糸の事です。このように自然の物を上手に活用した糸を染料を使って染め、さらにその糸を使って反物に織り上げて行く形が取られています。

首里織に利用されている染料は、琉球藍や双樹等の植物原料が元々は利用されていました。また現在では植物染料だけでなく、現在では化学染料も適宜利用されています。様々な染料を上手に組み合わせて利用して行く事によって、より趣のあるデザインの織物となっています。

ただその名前から、どうしても首里の所で織っている貴族、士族用の特定の織物と言うイメージをどうしても抱かれてしまいがちです。しかし実際にはそうではなく、首里に伝わる様々な紋織や絣織物を総称する名前として、昭和58年の通商産業省伝統産業法指定申請の時に、首里織と命名されています。

また、首里絣・首里花織・首里道屯織・首里花蔵織・首里ミンサーは沖縄県伝統工芸製品として指定されています。その見た目は非常に色鮮やかで、沖縄独特の雰囲気を醸し出しているのも大きな特徴です。ただ、実は現在も首里織自体は販売されていますが、なかなかその名称で販売されている事を見る事は有りません。その理由が、その名称は首里で織られている織物の総称だと言うことが関係しています。

様々な織り方の総称となっているので、首里織と言う名前で販売してしまうと一体どの織り方で織った織物なのかと言うことがぱっと消費者に理解してもらう事が出来ません。その為、販売する時は首里花織、首里ミンサーの様に、その織物自身の名前を利用しています。また一時期は織り手が減ってしまいましたが、現在では後継者も徐々に育ってきており、職人として活躍する人も増えて居る状態です。