郡上紬は、規格外の蚕の繭であるクズ繭を貯めておいて紡いだ生糸を自家用紬の手機で織り上げた地織りが起源とされる一方で郡上周辺の山々に自生していた蚕を平家の落人が草や木を煎じて染めたのが起源ともされる反物ですが、現在は郡上郡八幡町生まれの工芸家宗広力三氏によって1942年に復興されています。この紬は、クズ繭で製作されていた事から現在も短い繊維をより合わせた軸糸を使いますが、繭糸の膠質を柔らかくして肌触りを良くする為にタンパク質分解酵素ペプシンを含有する唾液で紬糸を湿らせながら紡がれる反物です。染色は、染色前に紬糸の不純物を除去する為に灰汁や精錬油を使用し、黄色染料の刈安や黒色染料の阿仙薬及び紺色染料の藍など植物系染料で染色されます。この紬は、染める回数を増やす程反物の色合いの深みや風合いが増すとされ、「茜百回や藍百回」と言われる反物です。茜は、アカネ科のツル性多年草生植物であり、北海道を除く日本各地に自生する植物とされています。茜は、赤い根を乾燥させると赤黄色〜濃い橙色に変化する特徴があり、アリザリンが赤く発色させます。刈安は、日本に古くから自生するススキに仲間である植物であり、有害な紫外線から植物細胞を保護する為に生合成されるフラボン系の黄色色素であり、ミョウバンを媒染にした場合は澄んだ黄色に染まる染料です。阿仙薬は、東南アジアに分布するアカネ科のつる性木本植物であり、葉や若い枝から抽出されるエキスにカテコールやタンニンなどのアルカロイドを含む暗褐色の物資とされ、紬糸を黄褐色に染め上げます。この紬に用いられる郡上本染は、農家の手甲や脚胖及び野良着などを染め上げて来た400年以上の歴史を有する草木染めであり、現在もタデ科の藍を発酵させる「すくも」作りから始め開始され、少量の酒や消石灰を混合し2年間〜3年間程度発酵させる400年以上前の工程が今も続けられています。特に人間国宝の宗広力三の開発した「どぼんこ染め」は、糸が元々持っている吸水力を利用して染料液を吸い上げさせる奇抜な染色方法であり、糸を染色中に上下させる事で染料液の給水量を調整しボカシを故意に作る事が出来る染色方法です。宗広力三は、大正3年に郡上郡八幡町に生まれると共に県立農林学校を卒業し、郡上藩士の精神を受け継ぐための「凌霜塾」を創設及び指導した人物としても今も町民から尊敬されています。また、郡上郷土芸術研究所や郡上工芸研究所を設立すると共にエリ蚕と羊を飼育し、紬の質の向上及び改良に尽力を尽くした人物です。その後、1952年には岐阜県無形文化財保持者の認定や1969年に紫綬褒章の受賞など高い評価を受け、茜縞に丸紋様や流動文及び藍地重ね絣など数多くの名作を残しています。この紬は、経糸に上質な節糸の玉繭を使用する一方で短い繊維を何重にもより合わせた事でバルキー性能を有した紬糸を使用している事で非常に柔らかく着心地が良いのですが、横糸の紬糸のバルキー性能をより活かすように「間」を絶妙に維持し織り上げることで更に着心地が良くなる反物です。人間国宝の宗広力三は、春蚕の生糸にこだわったとされ、第二次世界大戦後に復興された反物である事から平安時代や鎌倉時代に起源を有する反物に比べて物質的にも恵まれている為、原材料や工程にこだわっている事から大量生産がきかない反物でもあります。郡上紬は、復興者の宗広力三が国産の厳選春繭にこだわり続けた事により他の紬に比べても引けを取らない反物であり、親子三代にわたって帯を変えるだけで異なった趣が演出出来る紬です。また、様々なカラーバリエーションを有する事から華やかな帯も楽しむ事が出来る紬とされています。